エール金子ノブアキ演じる今村嗣人(いまむら つぐひと)のモデルとその後について

第59・60回「環のパリの物語 前編・後編」では、柴崎コウ演じる双浦環(ふらうら たまき)がまだ駆け出しだった頃の物語です。

留学中のパリで金子ノブアキ演じる若手画家と出会い恋に落ちます。

今回は、金子ノブアキ演じる今村嗣人のモデルになった藤田嗣治(ふじた つぐはる)とその後について調べてみました。

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エール金子ノブアキ演じる今村嗣人(いまむら つぐひと)モデル

金子ノブアキ演じる今村嗣人の役柄

今村嗣人は15歳で「サロン・ドートンヌ展」を取得した天才画家で、世界に認められる画家になるためパリで修行中の若手画家。

そんな中、双浦環と出会い恋に落ちます。

二人は励まし合い芸術を高めて行くのですが、嗣人の開いた個展は失敗に終わってしまします。

一方の環は、プッチーニの目に止まりオーディションを受けると見事合格。

嗣人はカフェのオーナーから誘われカフェで小さな個展を開くことになります。

嗣人は世界の晴れ舞台に立つ環と今の自分の格差に嫉妬し二人は別れてしまします。

今村嗣人のモデルは藤田嗣治(ふじた つぐはる)

藤田嗣治は1886年11月27日生まれで 1968年1月29日の81歳没、フランスの画家・彫刻家です。

東京府牛込区新小川町で医者の4男として生まれました。

子供の頃から絵を描き始めたそうで、高校卒時にはフランスに留学したいと強く望んでいたそうです。

その後、東京美術学校(現在の東京藝術大学美術学部)西洋画科に入学し作品を書きました。

しかし、藤田の評価はあまり高くなかったようで成績は中の下だったそうです。

その後、1913年(大正2年)27歳の時にフランスのパリに渡り、1920年代に発表した「ジュイ布のある裸婦」などで描いた裸婦が「乳白色の肌」と称され絶賛を浴び、エコール・ド・パリの代表的な画家になります。

エール今村嗣人のモデルのその後について

双浦環との接点は?

双浦環のモデルとなった、三浦環は藤田嗣治と同時期にヨーロッパに留学しています。

そして、大正5年に「蝶々夫人」で初主演を果たし日本初のプリマドンナが主演したということで話題になり、アメリカでもニュースになりました。

藤田嗣治との接点ですが、残念ながら二人が出会った、また交際していたという記録は残されておらずこの物語はエールのフィクションだと思われます。

なので、三浦環と藤田嗣治の接点は無かったかも知れません。

藤田嗣治のその後

エールの中の今村嗣人はその後、カフェで個展を開催し新聞で酷評した評論家から

「この作品一つの作品だけは素晴らしい!譲って欲しい」

と頼まれますが嗣人は

「この絵だけは売れない」

と言って断ります。

その絵には双浦環をモデルにした絵が書かれていました。

モデルの藤田嗣治は1933年に日本に帰国し25歳年下の君代と出会い5度目の結婚をし終生連れ添いました。

その後藤田は、1949年に日本からフランス戻ります。

すると既に多くの親友の画家たちがこの世を去るか亡命しており、フランスのマスコミからも「亡霊」呼ばわりされるという有様だったそうです。

ですがそんな中でも藤田は、いくつもの作品を残していまし、あのパブロ・ピカソと再会を果たした交友関係は晩年まで続いたそうです。

1955年にフランス国籍を取得し1957年にフランス政府からレジオン・ドヌール勲章シュバリエ章を贈られました。

藤田の最期を看取った君代夫人は、自身が没するまで藤田旧蔵作品を守り続けたそうです。

パリ郊外の旧宅を「メゾン・アトリエ・フジタ」として開館に向け尽力し、晩年には個人画集・展覧会図録等の監修も行いました。

2007年に東京国立近代美術館アートライブラリーに藤田の旧蔵書約900点を寄贈し、その蔵書目録が公開されました。

そして藤田の死去から40年後の2009年4月2日に、東京にて98歳で亡くなりました。

遺言により遺骨は夫嗣治と共にランスの「フジタ礼拝堂」に埋葬されたそうです。

君代夫人が所有した藤田作品の大半はポーラ美術館とランス美術館に収蔵されています。

2015年には、日本・フランス合作の伝記映画。

「FOUJITA」(小栗康平監督)が公開されました。

2018年には「没後50年 藤田嗣治展」が東京と京都で開催されるなど、再評価の機運が高まっています。

まとめ

今回は金子ノブアキ演じる、今村嗣人のモデルになった藤田嗣治とその後について調べてみました。

藤田嗣治と三浦環の接点は残念ながら残されておらず、この物語はエールのオリジナルでした。

絵画とフランスを愛し生涯画家として一生を終えた藤田嗣治ですが、とても偉大で才能に満ち溢れた人でしたね。

最後までご覧いただきありがとうございました。

 

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